製作した第二宇高丸(宇高連絡船車両渡船)と貨車渡艀
第二宇高丸と貨車渡艀をNゲージで製作してみました。
手馴れた工作技法と市販品の活用は、
第六青函丸と同じです。
第二宇高丸は、
路面モジュールとしても使えるようにするために、
寸法や外見をアレンジしていますが、
思ったより違和感が少ないようです。
Nゲージサイズの連絡船にチャレンジしてみようという方がどれだけおられるかわかりませんが、稚作がなにかのご参考になれば幸いです。
船体
船首部分(積層造形)
船首部分
ベースはありません。船首/船尾は、0.5のプラ板の積層造形 + アルテコパテで整形。
それ以外は、t0.5のプラ板を三枚重ねにした板がベースで、2mm×2mm角材で補強しています。
造形の参考になるかと思い、トミーテックの
運材船
(=艀)を買って眺めていましたが、第二宇高丸や貨車渡艀は、艀と言うより台船に近い形で、
あまり参考になりませんでした。
船員室等は、t0.5のプラ板で、ドアはGM公団住宅の勝手口を流用。ブリッジの窓は、GMのスハ44の窓です(シル/ヘッダー落としています)。
手すりは、
Tomixのワイドレール用壁
を利用。
階段は、
トミーテックのコンビナート積み出し所
を利用しました。
また、ブリッジの下の鉄骨は、
トミーテックの送電鉄塔
を半分に割って使用しています。
煙突はプラパイプ(第六青函丸の通風装置のあまり)で作成しました。
船内のレールは、複線間隔25mm/33mmの両方に対応できるように取り外し式です。
作成中の貨車渡艀
第二宇高丸と同様、t0.5のプラ板を二枚重ねにした板がベースでアルテコパテで整形しています。
甲板の木造部は、エバーグリーンのプラシート(2mm毎に筋が入っているもの)を利用(第六青函丸のあまり)。
船員室(?)は、GM公団住宅を利用しています(第六青函丸と第二宇高丸のあまり)。
レールは、走らせる必要がないので、KATOのフレキシブルレールです。
塗装は、全てプラ用の缶スプレーです。GMのつや消し黒、白3号、近鉄オレンジ(=煙突等)、クレオスのタン(=木製部)です。
船室に照明を入れるので遮光の為に、黒色のプライマーを塗りました(t0.5は光が透けます)。
第二宇高丸は、1/150で全長32cm。路面モジュールに組み込む都合で、310mmに縮小。幅は、複線間隔33mmに対応する為に70mmにしました。
ユニトラックを使用する都合で、船体の高さもやや高くしています(スケール通りだとあまりに薄くてバランスが取れないから)。
貨車渡艀は、全長182mm。全幅50mmです。
第二宇高丸・貨車渡艀共に、資料があまりなく(青函連絡船の資料ばかり集めていたせいもあります)、
Web上で公開されている、過去作品(模型)・博物館模型を参考にしました。
第六青函丸の模型を見て「艀みたいだね」とおっしゃった方がおられましたが、
第二宇高丸はまさに艀。実物の車両甲板は水面から90cmの高さしかありません。
凪の時以外、航海は無理だったと思われますが、それほど瀬戸内海が穏やかということでしょうか。
第二宇高丸は、1934年に登場。1961年、讃岐丸(初代)と入れ替わりで終航。
国鉄の手を離れてから、カーフェリーに改造されてさらに10年以上活躍したようです。
事故で沈没したり(浮上→修理しています)、戦後の混乱期とはいえ旅客を輸送したり(何処にお客を乗せたのでしょうか?立ち乗り??)、
後部マストが増設される等の改造、
W型戦時標準船に負けず劣らず、いろいろなことを乗り超えて長く活躍しました。
参考情報
・
宇高連絡船の名残。(上)編集長敬白
・
宇高連絡船愛好會
・
宇高連絡船歴史館
参考文献
・「鉄道連絡船100年の航跡」 古川 達郎 著 成山堂書店 2001年 ISBN: 9784425921416
・「日本の鉄道連絡船 1884-1976」 古川 達郎 著 海文堂出版 1976年 ISBN:430363252X, 9784303632526
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